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売ること先にありきではない。 |
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私たちがユーザーに対して料金を得る(take)ためにしていること(give)、それは「車をキレイにすること」だ。しかも目的は「洗車をすることではなく、車がキレイになること」。つまり車がキレイになるための作業は、何も洗車だけではないし、洗車でなくてもいいのである。
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車を洗う方法もいろいろある。早くて安いが一番の売りの洗車もあれば、こだわり洗車でキレイさを追求する洗車もある。洗うことによって得られる洗車では満足できない場合は、「磨く」ことも必要だろう。車内のキレイさを求めれば「掃除」も必要となる。ボディがへこんでいれば、「板金」をしなければキレイにはならない。
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ユーザーの洗車目的が、「車がキレイになること」なら、洗車というサービス商品を販売する商売とは「車をキレイにすること全体」を指すことになる。ならば、私たちが提唱している洗車収益は、車を洗うことのみでなく、「洗う、磨く、掃除する、直す」そのすべての作業を持ってなされるサービスとなる。洗車とは「車をキレイにすることすべて」を指し、車をキレイにすることが目的としたうえでの洗車収益とは「より大きなgive(キレイ)を提供し、より大きなtake(収益)を得る」とすればいい。
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何で幾ら稼ごうとは考えず、何をどれだけユーザーに与えられるかを先に考えること。ユーザーに対して与えたgiveの量だけ、私たちはtakeすることができるのだから。まずgiveありき。
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時代の流れで、安価、大量販売も流行っているが、こと洗車に関しては、マーケット的にかなり濃い立地でないと台数の期待ができないため、どんな店でもと安易に手掛けることは難しい。対極として、高付加価値-適量販売の手法がある。言い方を変えれば、品質が高く値段もそれなりに高い洗車を、適量販売するということだ。この手法に応じるマーケットはあるのだろうか。
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洗車は欲求商品だ。安価な洗車を求める人もいれば、高品質な洗車、磨きなどを望む人もいる。そこで、だ。普通のSSでの洗車に飽き足らず、自分で洗っていた人や適当な施設もないので仕方なく自分で洗っていた人、そんなユーザーに対して、普通のSSはもちろん、ユーザー自身が洗うよりも、もっとキレイにしてくれるプロの洗車の店を作った、これが「快洗隊」だ。「快洗隊」によって、高付加価値-適量販売に応えるマーケットが確実にあることは実証された。
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